いのちのバトンを見つめて〜甥に子どもが生まれて感じた“受け継ぐ”ということ〜

先日、甥に子どもが生まれました。
35歳。
私にとっては、もう立派な大人ではあるけれど、どこか心の中では“子どもの頃のまま”な彼が、
父親になったという報せは、なんとも言えない感慨を呼び起こしました。

私が若かった頃、彼はまだ小さくて、
親戚で集まるたびにその無邪気な笑顔に癒されていました。
抱っこした記憶も、怒ったことも、たくさん笑った日々もあります。

その子が今、誰かの人生を背負い、育てていく立場になった。
血のつながり、命のつながり、時間のつながり…
そんなものを静かに思い出させてくれる出来事でした。


私たちは、親の背中を見て育ち、
そしてまた誰かの背中になっていく。

それを「いのちのバトン」だとするならば、
私も誰かから受け取って、ここまで走ってきたのだと思います。
子育てに悩み、生活に必死になっていたあの頃。
何が正解かもわからないまま、
ただ「今日をなんとか乗り切る」ことだけに集中していた日々。

でも今、甥が新しい命と向き合っている姿を思うと、
私が過ごしてきたすべての経験が、意味を持っていたように感じられるのです。


50代になり、時間の流れが変わった気がします。
“何かを始めること”と同じくらい、
“何かを見届けること”にも価値があると思えるようになりました。

この赤ちゃんが、どんな時代を生きていくのか。
その未来に私が何を残せるのか。
直接育てることはないけれど、
穏やかな気持ちで見守る存在でありたいと思います。

命が生まれるということは、未来が始まるということ。
バトンは確かに受け継がれ、つながっていく。
今この瞬間も、誰かの人生に寄り添っていられたら──それだけで、十分意味がある気がしています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました